日本でもすっかり定番となっているイームズの椅子。以前はインテリアにこだわったカフェやオフィスなどで見かけるだけでしたが、今では品質の良いリプロダクト品も多く、家庭用の椅子として使う人も増えました。
仕事場に最適なアルミナムチェア
人気が衰えないデザイン
イームズで有名なのはシェルチェアですが、私はなんといってもアルミナムシリーズが好きです。初めて見たのは40年前。インテリア写真集の中で、明るく広々としたラウンジに置かれていたのがアルミナムチェアでした。モダンでシャープな印象だけれど、アルミフレームの曲線は優雅で身体によくフィットしそうです。それがある空間は、まるで昔見た『サンダーバード』の基地のようで未来的。高校生だった私はその光景に夢を感じました。
それから25年後、40歳になった時にようやく中古のアルミナムチェアを手に入れることができました。ソフトパッドというタイプでクッション材が厚いのが特徴です。使っているうちに座面のレザーが伸びて光沢が出てきましたが、ひび割れなどはなく、良い具合に味が出てきました。このタイプはネジを回して高さや背もたれの角度を調整します。オフィスチェアの多くは油圧レバー式が用いられていますが、アルミナムチェアは発売当初の仕組みがそのまま残されていて、それもレトロな魅力です。
1958年にチャールズ&レイ・イームズによってデザインされたアルミナムチェアは、誕生から60年以上経った現在も多くのオフィスや会議室で見かけます。テレビや映画にも度々登場するのは、そのデザイン性によるものだと思います。
イームズチェアが身体にフィットする理由
金属というと直線的なイメージがありますが、アルミナムチェアのアルミフレームは人間の身体に合わせて緩やかにカーブしています。
チャールズとレイは椅子の制作を始める前、アメリカ海軍から依頼され第二次世界大戦で負傷した兵士向けのギプスを作っていました。彼らは合板(プライウッド)を立体的に加工する研究を重ね、丈夫で通気性に優れたギプスを作ったのです。これを椅子に応用したのが、1946年に作られたプライウッドチェアです。平なものを人間の身体に合わせて加工するという製法は、素材が金属に変わっても引き継がれました。
医療用のギプスは負傷者に寄り添い、密着し支えるための道具です。この考えと技術を出発点にして生まれた椅子だからこそ、イームズチェアは単に見た目が美しい椅子とは一線を画しているのだと思います。イームズチェアは誕生した時から、身体にフィットするというDNAを持っていたのです。
職人たちの仕事
中古品を修復してくれた溶接屋さん
アルミナムチェアは今でも職人が一脚ずつ手作りしています。組み立てはもちろん、アルミを溶かして型枠で成形し一つ一つの部品を磨きこみます。ファブリックは織るところから裁断、縫製まで職人の手作業です。
そして、私が購入したアルミナムチェアはやはり職人の手で修復を果たしたという経緯があります。部品の一部がひび割れてしまい、どうしても綺麗に直したかったのです。憧れの椅子を直すために四苦八苦しましたが、やはり素人の手には負えませんでした。見つけたのは隆盛工業(リュウセイコウギョウ)という溶接屋さんです。個人の修理依頼にも対応してくれます。
車が無かったため、椅子をキャスターに縛り付けて電車とタクシーで運びました。タクシーは山の中に入っていき、曲がりくねる狭い道の両脇には時々小さな町工場や資材置き場が見えるものの、どうしても隆盛工業には辿り着けず、ついにはタクシーを降りて歩くことにしました。見知らぬ土地の山道をキャスターを引きながら歩いているとだんだん不安になってきます。2、3回メールでやり取りしたけど本当に大丈夫だろうか?思えば「リュウセイコウギョウ」という名前も少し怖いような・・・
やっと見つかった隆盛工業に入る時もドキドキしたのですが、それまでの不安はすぐに消えました。修理をしてくれた米山さんのことは今でも覚えています。とても丁寧に作業の説明をしてくれて、溶接の仕上がりも完璧で、帰りには駅までの地図を描いてくれました。アルミナムチェアが綺麗に直ったことと米山さんの親切に触れたことで、帰りの足取りは軽くなりました。
私にとってアルミナムチェアはこの修理の思い出とセットになっています。
プロフェッショナルのリレー
チャールズ&レイ・イームズは戦時中のギプス制作をプライウッドチェアへ、そしてアルミナムチェアへと発展させました。そして20世紀を代表するプロフェッショナルデザイナーになったのです。そんな彼らの製品は今でもハーマン・ミラー社とヴィトラ社のプロフェッショナル達によって生産され続けています。そうして私の元へ来た一脚は、プロフェッショナルの溶接によって今も現役です。多くのプロフェッショナル達のリレーがあって、今日もこの椅子で仕事をし、くつろぐことができます。
15年経っても愛用中のアルミナムチェアは、この先もずっと使い続けるだろう家具のひとつです。改めて、モノづくりに携わる人たちに感謝したいと思います。