高度経済成長期を照らしたデスクライト
1960年代から1970年代、家庭用の学習机といえば書棚だけでなく蛍光灯、時計、温度計、鉛筆削り器など様々なものが装備されていました。子供だった私はそれが欲しくて親にせがんだのですが、何も付いていない退屈な机を買い与えられました。
友人の家に行くとフル装備の机があり、それを羨ましく思いながらも気になったのは、隣に置かれた何も付いていないタイプのお兄さんの机です。そこには見たことのない形のデスクライトがありました。そのライトは台座がなくアームが机の天板に固定されていて、金属のアームが上下左右に自在に動き、驚くことにどんな角度でもピタリと止まるのです。今度はそれが欲しくなります。
一瞬で私の心をつかんだのは山田照明の「Zライト」という製品でした。しかしZライトも買ってもらうことはできませんでした。
それから40年以上が経ちすっかりZライトのことは忘れていたのですが、カリモク60のショップでふいに再会しました。カリモク60は1960年代のカリモク製の家具を再現したブランドですが、その家具に囲まれて同じ時代のZライトが置かれていました。「Z-00」モデルの復刻版です。私は目的のソファをそっちのけで、友人のお兄さんの机でやったようにアームを上下左右に動かしながら、横にいた妻に「ピタっと止まるんだよ!」と説明しました。
その数週間後のクリスマス、妻から渡されたカリモク60の紙袋にはZライトが入っていました。
Zライトは1954年に工場の手元作業用ライトとして開発されました。1958年には学習スタンドとして発売されたということですから、60年以上の歴史があります。シリーズの中にはファッションデザイナーのピエール・カルダンとコラボしたモデルもありました。
1960年以降の高度経済成長期にZライトシリーズは売れに売れたそうです。当時のキャッチコピーは「30分以上勉強する方のスタンド」。今聞くと少しおかしな感じもありますが、日本ではこの時代に初めて “自分だけのスペース” を持つ人が多かったのではないでしょうか。家庭では大学生も小学生も自分専用の机を持ち、父親には会社に専用のデスクが用意されている。そんな “自分だけのスペース” を照らすのがZライトだったのです。
Zライトで一生懸命勉強や仕事をした人たちが高度経済成長を引っ張った・・・というと大げさかもしれませんが、そんな時代の空気をZライトが伝えてくれるのは確かです。
復刻商品の魅力
私は小学生の頃にZライトが欲しくてしょうがなかったのですが、後に買ったのはZライトではなく、その時々に流行っていたデザインのデスクライトでした。憧れだった製品も10年、20年経つ頃には魅力を感じなくなり、最新のデザインのほうがカッコよく見えたのです。しかし、40年ぶりに見たZライトはとてもカッコよかった!これぐらいの経年が “一周まわってカッコイイ” タイミングのようです。
私はカメラや時計も好きなのですが、これらは毎年機能がアップするので、数年も経つと古く感じて新製品が欲しくなります。しかしやはり更なる年月が過ぎた後にもう一度 “カッコイイ” 時期が訪れます。
2005年にNikonの往年の名機であるSPというカメラが復刻され、時計のSEIKOでは今年、初代グランドセイコーのデザインを復刻したモデルが発売されました。お菓子の「むぎチョコ」も「アポロチョコレート」も発売当初のパッケージで販売されています。いずれもオリジナルは私が子供の頃、あるいはそれ以前に販売されていたものです。
こういった復刻商品は若い人にも人気がありますが、それはデザインや性能や味など、基本の部分で良いものは時代や世代に関係なく好まれるということだと思います。
大人が復刻商品を買う場合は、製品が良質であることに加えて当時の思い出が欲しい気持ちを強くします。Zライトも、NikonのSPも初代のグランドセイコーも、発売当時は買えなかった(買ってもらえなかった)子供が大人になってようやく手にする。お菓子は懐かしくて思わず手に取ってしまうという感じでしょうか。加えて、商品自体がなにか時代を象徴するような物語を持っているとさらにノスタルジーをかきたてます。
友人の家で見た時の思い出、高度経済成長の傍らにあったという物語、それから40年が経っていたこと。私にとってZライトは欲しくなる要素をすべて持っていました。
数年前のクリスマスに使い始めたZライトですが、テレワークで更に稼働率が上がりました。使わない時は端に向けておき、書き物をする時は引き伸ばして手元を照らす。カメラやラジオの部品をいじるような細かい作業の時には、位置や角度を微妙に調整しながら使います。今改めてありがたさを感じているモノのひとつです。