B&Oのブランド力
日本には世界に誇る多くのオーディオメーカーがあります。SONY、ビクター、ケンウッド、オンキョー、YAMAHA・・・。1980年代には高品質で低価格の日本製のオーディオが世界を席巻していました。歯ブラシやシェーバーで有名なドイツのBRAUNもかつてはオーディオ機器を作っていましたが、日本製品の勢力に押されてこの分野から撤退したほどです。
レコードに代わってCDが台頭し始めると、レコードプレーヤー、CDプレーヤー、カセットレコーダー、ラジオチューナー、アンプなど、自由に組み合わせることができるコンポが主流になりました。各メーカーは音の品質や性能を競う一方、デザイン面では他社と足並みを揃えるかのように個性を抑えていました。
その頃、デンマークのBang & Olufsen(バング・アンド・オルフセン)というメーカーでは、ある一体型のオーディオが作られていました。1989年に発売されたBeocenter9500です。CDプレーヤー、カセットレコーダー、AM/FMレシーバー、アンプが搭載されたものです。
私はそれを電気屋さんで見つけました。特に宣伝もなく店の片隅に置かれていたのですが、そこだけ異空間に感じるほどその見た目は特別でした。鏡面仕上げのステンレスとガラスで出来た本体にボタンやスイッチはなく、近未来的で、「SF映画に出てきそうなデザインだな。こういうものを作る人がいるんだ!」と驚きました。
Bang & Olufsenは、ピーター・バングとスヴェン・オルフセンによって1925年に創業されました。マニアを納得させる非常に高い性能と、有名なデザイナーによる優れたデザインに定評があるオーディオブランドです。早くからデザインの力を熟知していたBang & Olufsenは、全ての製品が美しい外装をまとい、これまでに18製品がニューヨーク近代美術館(MOMA)にコレクションされています。
デンマークのデザイン力
様々な製品で高いデザイン力を発揮するデンマークですが、それは隣国のドイツの存在が関係しているのかもしれません。ドイツは言わずと知れた工業大国です。技術力だけで競えば勝ち目はありません。かつて日本がヨーロッパを追い越し、そして中国が日本を追い越したように、技術だけに頼っていては同等のものを安く作られた時に負けてしまいます。デンマークの物作りはデザインに徹底的にこだわることで独自の道を切り開きました。
Beocenter9500をデザインしたデビッド・ルイスもデンマークのデザインに引かれたひとりです。彼は20代までをイギリスで過ごし、その後デンマークへ移住しインダストリアルデザイナーとして数々の名品を生み出しました。
デザインといっても単に形や色が美しいということではなく、使いやすく感動を与えるものでなければなりません。
デビッド・ルイスの作品の中にはボタンが4つ並んだだけのリモコンがあります。家電製品のリモコンは昔から「使いづらい」と言われていますが、それは小さなボタンが数十個も付いていることが理由です。極限までボタンを少なくするという潔い決断は「利用者が何を求めているか?」ということを考え抜き、それを妥協することなく製品化していくというポリシーがなければできません。
デンマークにはそんなデザインを武器にしたメーカーが数多くあります。家具のフリッツ・ハンセン、照明のルイスポールセン、レゴブロックで有名なレゴ社。どのメーカーも他には代えがたい価値を提供し続け、そこに引かれた人は目移りすることなく同じメーカーのものを求めます。
変わらない魅力
私が電気屋さんで見つけたBeocenter9500は、当時の定価で75万円でした。景気の良い時代でしたが20代の私には手が届かず、諦めざるを得ませんでした。しかし20年ほど経って中古品を見つけた時、電気屋さんで初めて見つけた時と同じ気持ちになり、そこでようやく買うことができました。
20年経ってもカッコイイと思わせるこのオーディオは、デンマーク北西部に位置するストルーアという小さな港町で作られました。静かでのどかなその町で、Bang & Olufsenは洗練された製品を作り続けています。最近では、日本国内のオーディオメーカーが不振にあえぐ中、Bang & Olufsenのワイヤレスイヤフォンが日本でも大人気となり健在ぶりを示しました。
デビッド・ルイスの「どんな製品も価値と耐久性の両面において長持ちすべき」という思いは確実に継承され、そしてB&Oというブランドは魅力を持ち続けています。